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仙台高等裁判所秋田支部 昭和36年(ネ)45号 判決

控訴人(第一審被告反訴原告) 谷兼雄 外一名

被控訴人(第一審原告反訴被告) 三浦惣治

主文

原判決を取消す。

被控訴人の本訴請求を棄却する。

被控訴人(第一審反訴被告)は控訴人(第一審反訴原告)谷兼雄に対し金六〇〇、〇〇〇円を支払え。

被控訴人(第一審反訴被告)は控訴人(第一審反訴原告)大塚冬気雄と共に別紙目録〈省略〉第一記載の宅地につき秋田地方法務局昭和三四年一一月四日受附第七九四二号の所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は第一、二審共、本訴及び反訴を通じ全部被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上及び法律上の主張は、左に記載する外は原判決事実摘示(更正決定による更正を含む)と同一であるからこゝにこれを引用する。

控訴代理人は

1  別紙目録記載の宅地(以下本件宅地といい第一の宅地を本件四番宅地、第二の宅地を本件三番宅地という)の売買契約に当り、控訴人谷兼雄の代理人的立場でその衝に当つた谷の義兄菊地末吉は不動産売買を業とする秋田不動産株式会社の専務取締役であり、又仲介の労をとつた佐藤治三郎も亦不動産売買業者であるが、両名共予告登記の言葉さえ聞いたことなく況んやその法律上の性質は全然知らず調査のため法務局から下付された登記簿謄本(乙第五号証)は頗る不鮮明で理解できず単に何かの登記があることを窺い得たゞけで、契約当時本件四番宅地に問題の予告登記があることは知らなかつた。唯菊地末吉は数年前被控訴人の父三浦為助が宅地にする目的で買つた田地の事で売主との間に訴訟があつた事を知つていたので、その田地と思い確めたところ、為助は訴訟は一切解決した旨言明したので安心して契約した。

2  之に反し、被控訴人は知らぬ筈はないと思われる。何となれば売買契約当時本件宅地の所有名義人である秋田木材防腐株式会社は被控訴人の父三浦為助一家を主たる株主とする同族会社で、社長は父為助、常務取締役は弟昭二郎であり、被控訴人は為助の長男で三浦家の家政に関与していた関係から、本件宅地を父から贈与をうけるに当り登記簿を調査しない筈はないからである。

3  被控訴人は予告登記を抹消する契約を否認しているが、控訴人谷兼雄が本件宅地を買受けたのは当時田地の状態にあつた本件宅地を埋立て道路や排水堰を設けて宅地として之を分譲するつもりであつたのであるから、譲渡の妨げとなる登記の一切を抹消しなければ買受けた目的を達することはできない。したがつて乙第一号証の契約書第四項に「甲は前条による十一月五日の支払迄に売買物件の抵当権設定等一切の抹消手続を済まし」と書いたのは所有権の障害となるような一切の登記、換言すれば控訴人が他に譲渡するについて障害となるような一切の登記を抹消することゝしたものである。抹消すべき登記を具体的に表示しなかつたのは、前述登記簿謄本が不鮮明であつた事と、脱落登記がないとも既らないという考慮から抵当権等一切の抹消手続を済ました上で所有権移転登記をする趣旨を明らかにしたものである。被控訴人は、予告登記は受訴裁判所の職権で嘱託される登記で第三者が自由に抹消できるものではないから、かゝる約束をする筈はないというが、予告登記といえどもその目的となつた不動産の所有者が右登記の抹消について何等の権利も持つことができないわけのものでなく、その原因となつた訴訟について之を解決消滅させ予告登記を抹消するよう請求できるし、第三者といえども当事者参加して予告登記の抹消に必要な行為もでき、したがつて被控訴人にとつて予告登記を抹消させることは所論のように不可能な事ではない。

4  仮に百歩を譲つて被控訴人が昭和三四年一一月四日本件四番宅地につき控訴人大塚冬気雄に対し所有権移転登記を了した後はじめて右予告登記のある事を知つたとしても、知つた以上売買の目的物の瑕疵である右予告登記を速かに抹消すべき義務のあることは当然である。したがつて当日控訴人谷の代理人菊地末吉及び控訴人大塚と被控訴人間に被控訴人が二、三日中に右予告登記を抹消するよう手続することを約した以上、被控訴人は右契約によつても予告登記抹消の義務を免れない。

5  被控訴人は予告登記の効力を軽視しているが、本訴の予告登記は登記原因の無効を理由とする所有権移転登記抹消訴訟の予告であり、若し右訴訟で原告鈴木誠一が勝てば被告秋田木材防腐株式会社は所有権を失う事になり、同会社から所有権を譲受けた被控訴人及び被控訴人から譲受けた控訴人等も自己の所有権を主張し得ない事になるのであつて、かゝる危険のある不動産を買つたとしても之を分譲することは不可能で、したがつて控訴人谷が契約代金の支払のため預金の払戻をしながら(乙第四号証)之を支払わなかつたのは当然であり、被控訴人が予告登記の抹消を約しながら之を履行せず、却つて控訴人谷に対し代金の請求をなし、その支払をしないことを理由に契約を解除するがごときは誠に信義に反する非道徳的行為であるといわねばならない。控訴人谷は控訴人大塚名義で本件四番の宅地の所有権移転登記をうけてはいるが、宅地造成の事業に着手することもできず、ひたすら被控訴人が予告登記の抹消するのを待つていたが之を履行しないのみでなく、逆に処分禁止の仮処分を申請し本訴を提起したので、やむなく反訴を提起し控訴人谷より売買契約を解除するに至つた次第である。

とのべ

被控訴代理人は

1  原判決事実摘示請求の原因事実中原判決二枚目裏一〇行目より一二行目まで(「(1) 「昭和三四年ヽヽヽヽヽ」旨の約定或いは」)を左のとおり訂正陳述する。

「被控訴人は控訴人谷から代金の内金一、二四五、〇〇〇円の支払をうけると引換に本件四番宅地につき控訴人大塚冬気雄に所有権移転登記をする約定に基き右移転登記をした。しかるに控訴人谷は代金を支払わなかつたから右登記は被控訴人の錯誤による登記であり、契約解除の有無に関せず原状回復の趣旨で控訴人大塚は抹消登記をする義務がある」

2  仮に被控訴人主張の昭和三四年一二月一七日付催告書による契約解除が効力を有しないとしても、控訴人谷において同三五年三月一六日反訴提起により契約を解除しているが、被控訴人には債務不履行がなく、控訴人谷の一方的解約であるから本件売買契約にしたがい手附金は被控訴人の取得に帰し、控訴人大塚は本件四番宅地につき登記名義を被控訴人に回復する義務がある。

3  控訴人等は予告登記の存在を自らは知らず、被控訴人は之を知つており、之を抹消することを約定したと主張するが、控訴人等の知らないという予告登記を抹消する約束をしたという主張自体失当である。のみならず、真相は控訴人等は予告登記の存在を知つており、被控訴人は知らなかつたのである。

(イ)  そもそも本件宅地の売買に際し、被控訴人と交渉に当つた菊地末吉は秋田不動産株式会社の専務取締役で、控訴人谷、同大塚はいずれも菊地の妹婿であるから、本件宅地は右会社が買つたとほとんど変らない。又契約の立会人である佐藤治三郎も亦不動産売買業者である。不動産売買業者が他から不動産を買受ける際、殊に売主がまだ所有名義人になつていない場合に、全然登記簿を閲覧せず抵当権等の負担、その他いかなる障害があるかを登記簿により調査せず漫然買受けるということは業者の取引状況から考えて首肯し難く、一度登記簿をみれば問題の予告登記のあつたことは一見分明である。しかも控訴人谷において本件宅地の登記簿謄本の交付をうけている以上、右予告登記の存することは充分承知していたといわねばならず、見ても知らなかつたとすればそれは専門家自らの重大な過失で、それによる不利益、損害は自ら負うべきである。

(ロ)  之に反し被控訴人は予告登記の存在を知らなかつた。そもそも被控訴人が本件宅地の贈与をうけたのは被控訴人と父三浦為助との親子関係が悪くなり別居するに至つたためで、現に被控訴人は妻子と共に、父為助、弟昭二郎と全然別異の生活をしている。又秋田木材防腐株式会社とは昭和三一年一一月一四日取締役を辞任して以来無関係であり、同会社と鈴木誠一間の訴訟関係には関与していない。殊に右当事者間に以前本件宅地について生じた訴訟は昭和三四年六月に取下げになり、鈴木誠一からなされた仮処分登記も同年九月中に抹消され被控訴人としてはこれで鈴木関係の紛争は一切解決済と考えたのは当然といえよう。同年九月に鈴木誠一が一旦取下げた訴を再度おこすというような事は全く予想もできず、先には予告登記なく仮処分登記だけで、之が抹消された後再度訴が起され、前訴になかつた予告登記がされたというようなことは被控訴人はもとより、秋田木材防腐株式会社も全く知らなかつたのであつて、被控訴人が予告登記の存在を秘匿したがごとき控訴人等の主張は当らない。

4  而して問題の予告登記は本件宅地の前々主鈴木誠一と前主秋田木材防腐株式会社間の登記に関するもので、被控訴人は右訴訟の当事者ではない。予告登記は登記原因として訴訟が提起された場合、その訴訟が継続する限り、即ち裁判所が裁判確定又は訴の取下等により訴訟が終了し職権で抹消登記の嘱託をするまで抹消できないのであつて、仮処分登記の抹消とは異なり、一、二審共登記の抹消の請求が排斥される様な判決があつても上告審に訴訟が係属する限り第三者は勿論当該訴訟の被告と雖も予告登記の抹消をする手段はない。被控訴人の場合、強いていえば右訴外会社に速かに勝訴判決を得て之を確定する様要求する程度であり、要求により速かに勝訴判決を得たり相手方に上訴させなかつたり、上訴させても直に判決を得て予告登記を裁判所をして抹消の嘱託をさせるという様なことは被控訴人に対しほとんど不能を強いるものである。控訴人谷は控訴人大塚名義で本件四番宅地の所有権移転登記をうけながら予告登記に藉口して残金の支払をせず、土地の騰貴を見込む不動産売買業者として極めて有利かも知れないが、資金を必要として売買契約をした控訴人としては耐えられず止むなく契約を解除した次第である。

とのべた。〈証拠省略〉

理由

第一、本訴についての判断

被控訴人が昭和三四年一〇月三一日控訴人谷兼雄と、被控訴人所有の本件宅地につき、代金は坪当り金五、〇〇〇円として合計金三、〇九〇、〇〇〇円、支払方法は契約締結のときに手附として内金三〇〇、〇〇〇円同年一一月五日までに一、二四五、〇〇〇円を支払い、この時同時に本件四番宅地につき控訴人大塚冬気雄に対し所有権移転登記手続をし、残代金一、五四五、〇〇〇円は分割して同年一二月二〇日までに支払う旨の売買契約を締結し、約定の手附を受けとつたこと、被控訴人が同年一一月四日右約旨に基き本件四番宅地につき控訴人大塚冬気雄に対し所有権移転登記手続をしたこと、控訴人谷兼雄が同年一一月五日までに約定の内金一、二四五、〇〇〇円の支払をしなかつたこと、被控訴人が同年一二月一七日控訴人谷兼雄に対し内容証明郵便により、右金員を同月二一日までに支払うこと、もし不履行の場合にはこれを条件として本件売買契約を解除する旨の意思表示をしたが控訴人谷兼雄が右金員の支払をしなかつたことはすべて当事者間に争いがない。

ところで控訴代理人は「本件四番宅地には当時秋田地方法務局昭和三四年一〇月八日受附第七、三八二号の同年九月二八日秋田地方裁判所に登記原因無効による所有権移転登記抹消登記手続請求訴訟提起を原因とする所有権移転登記抹消の予告登記が抹消されずにいたところ、本件売買契約に際し、被控訴人は内金一、二四五、〇〇〇円の支払期日である昭和三四年一一月五日までに売渡宅地に設定してある抵当権その他所有権取得に障害となる一切の登記を、右予告登記を含めて抹消登記手続をする旨を定めていたのに、被控訴人において右約旨に反し約定の日までに右予告登記の抹消登記をしなかつた以上、控訴人谷兼雄が右金員の支払をしなくても履行遅滞の責を負わないから被控訴人の契約解除の意思表示は効力がない」旨争うので、この点につき審案すると、先ず前記売買契約当時本件四番宅地に控訴代理人の主張するような予告登記があつたことは当事者間に争いなく、昭和三四年一一月五日までに右予告登記が抹消されなかつたことは弁論の全趣旨より明らかである。

次に右売買契約締結に際し、控訴人谷兼雄及び被控訴人間に控訴代理人主張のごとく右予告登記の抹消をする旨の明確な合意があつたかどうかを検討すると、成立に争いない乙第一号証(本件宅地売買契約書)によれば、契約条項中には第四項に「甲(被控訴人)は前条による一一月五日の支払迄に売渡物件の抵当権設定等一切の抹消手続を済まし、四番の宅地参百九坪は乙(控訴人谷)の指定する秋田市手形字田中一三八番地大塚冬気雄に所有権の移転登記をなすこと。但し之が登記に要する一切の費用は甲の負担とすること(総額参万円以内のこと)」と記載されているにすぎず、右予告登記の抹消については直接之に触れた文言の記載がないのみでなく、成立についていずれも争いがない甲第一号証、同第三号証、同第一〇号証、同第一三号証、乙第五号証、原審における証人菊地末吉、同佐藤治三郎、同三浦昭二郎の各証言、原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果を綜合すると、

1、控訴人谷兼雄については、同控訴人は本件宅地を被控訴人より買受けるについて、その一切を妻の姉の夫に当る訴外菊地末吉に委任していたこと、同訴外人は被控訴人の父三浦為助とは二、三〇年来の交際があり、本件宅地が以前訴訟事件になつた物件であることを知つていたところから、仲介者である訴外佐藤治三郎に対し、右訴訟事件が既に解決しているかどうか確かめたが、更に念のため本件宅地の登記簿謄本(乙第五号証)を所轄法務局から交付をうけて一応調べてみたが、右交付にかゝる本件四番宅地の登記簿謄本はコピア複写機による極めて不鮮明なものであつたゝめ、本件契約締結当時まで右宅地につき問題の予告登記がなされていたことまでは気付かなかつたこと、

2、被控訴人についても、そもそも本件宅地はもと訴外鈴木誠一の所有であつたものを昭和三一年四月一三日訴外秋田木材防腐株式会社が買受け、その旨所有権移転登記を了していたもので、被控訴人は右訴外会社代表取締役三浦為助(被控訴人の実父)より贈与をうけて所有権を取得したが、当時登記簿上の所有名義人は依然右訴外会社であつたこと、本件四番宅地については昭和三二年一〇月頃より右訴外鈴木誠一及び訴外会社間に処分禁止等の仮処分をめぐる訴訟事件が生じ、右紛争は一旦解決したが、同三四年九月二八日訴外鈴木誠一は再び訴外会社を相手取つて秋田地方裁判所に対し本件四番宅地外四筆の不動産につき登記原因の無効を主張して所有権移転登記抹消登記手続請求の訴訟を起し、同裁判所の嘱託により同年一〇月八日前認定のとおり問題の予告登記がなされたものであるが、当時被控訴人は右訴外会社とは何等関係をもたず、父為助とも別居して生活していた等の関係から、本件契約締結当時、その直前に生じた前記訴訟事件については聞知するところがなく、本件四番宅地につき右のごとき予告登記の存在することも知らなかつたこと、

が認められ、右認定を左右するに足る証拠はないから本件契約締結当時当事者間に問題の予告登記の抹消につき明確な合意があつたとは認められない。しかしながら前示各証拠の外成立に争いない乙第四号証、当審における控訴人大塚冬気雄本人尋問の結果を綜合すると、本件契約当事者が予告登記を知るに至るまでの経緯として大略次の事実を認めることができる。即ち、

1、訴外菊地末吉は、前認定のとおり本件四番宅地の登記簿謄本の交付をうけて調査した際、不鮮明ではあつたが右宅地に抵当権設定登記の外いろいろ難しい登記がされていることを知り、本件契約締結に際し、被控訴人に対し抵当権設定登記とかその他所有権を取得するのに障害となる一切の登記を売主である被控訴人において責任を以つて抹消することを求め、被控訴人も之を了承し、その時期を第二回目の内金支払日である昭和三四年一一月五日までとしたこと。前記契約条項中第四項の「売渡物件の抵当権設定等一切の抹消手続きを済まし」とあるのは以上のような趣旨であること、

2、当時本件四番宅地には債権者訴外上野亀治のため債権額金二、二〇〇、〇〇〇円の抵当権設定登記がなされていたところ、被控訴人は同年一一月三日訴外菊地末吉に対し、翌四日法務局前の司法書士小林五郎方で約旨に基き一切の抹消登記をすることを連絡して来たので、訴外菊地末吉は翌四日、妻の妹婿である控訴人大塚冬気雄を代りに法務局に赴かせたところ、被控訴人は小林司法書士方では都合が悪いといつて別の池田司法書士の処に行き前記抵当権設定登記の抹消登記を済ませたが、その際控訴人大塚に対し、本件四番宅地の所有権移転登記手続も同時に済ませたいから、約束の内金を支払つてもらいたい旨申入れたこと、そこで同控訴人は電話で訴外菊地末吉にその旨連絡し、菊地も約束どおり一切の事故のある登記が抹消できればいゝが、金は会社(前記秋田不動産株式会社)の事務所で渡す旨返事し、本件四番宅地につき被控訴人より控訴人大塚に対し所有権移転登記が経由されたこと、ところが被控訴人は控訴人大塚に対し金は法務局で渡してもらいたい旨申入れたので、同控訴人は更に菊地に電話で連絡したこと、菊地は電話をうけて登記を依頼した代書人も違うし万一のことがあれば困ると思い、前記小林司法書士に電話で事情を話し、心配だから至急登記簿を見てもらいたい旨依頼し、同司法書士からの返事で初めて本件四番宅地に問題の予告登記があること、予告登記とはどんなものかを知り、直に法務局にいる控訴人大塚に対し話が違うから金の支払はできない旨被控訴人に話すよう電話したこと、同日法務局からの帰りに被控訴人は控訴人大塚と共に前記菊地の事務所に立ち寄り右予告登記の件につき協議したが、菊地は内金支払の準備はできていたが予告登記を消してもらわなければ金は払えないといい、被控訴人はそれでは二、三日待つてくれ、何とかするからということで別れたこと、

が認められ、以上の認定を左右するに足る証拠はない。そうすると、本件契約締結当時本件四番宅地につき予告登記を抹消する旨の明確な合意はなかつたにせよ、「所有権を取得するのに障害となる一切の登記」を抹消する旨の合意が成立したことが明らかである。

そこで先ず問題となるのは予告登記が前認定の「所有権を取得するのに障害となる一切の登記」に含まれるかどうかであるが、予告登記は現行不動産登記制度が、登記に公信力を認めないところから、不動産につき登記原因の無効(又は取消)による登記の抹消(又は回復)の訴が提起された場合、右不動産につき取引関係に立つ善意の第三者に警告を与え不測の損害を蒙らないよう保護するためのもので、したがつて一般の登記と違い受訴裁判所の職権による嘱託で記入又は抹消されるものであることは原判決説示のとおりである。しかしながら右のごとき予告登記の法的性質から、直に不動産取引に当り、予告登記の存在は不動産所有権取得の障害にならないと速断することはできない。何故なら成程予告登記の法的性質からみれば、当該不動産の所有権取得の障害となつているのは正確には予告登記自体ではなく、その原因となつている登記原因の無効を理由に登記抹消を求める訴の提起乃至紛争そのものであるといえるのであるが、当該不動産の売主(又はその前主)である右訴訟の被告が敗訴の判決をうけ確定すると、右売主(又はその前主)を起点とする権利の設定、移転の効力はすべて否定され、登記の関係でも直接の前主との登記原因の有効、無効を問わずすべて抹消されることになり之と取引関係に立つ第三者に重大な結果を生ぜしめるのであつて、予告登記はいわばその危険信号といえるのであり、したがつて、予告登記の存在することは、即ち当該不動産につきかゝる所有権取得の重大な障害の存することを意味し、その抹消がされたことは、即ちかゝる障害が除去されたことを意味するわけで、不動産の取引ではその不動産に記入された予告登記は「所有権を取得するのに障害となる登記」に含まれると解するのが取引の信義に合致する所以であるといわねばならない。殊に本件の場合には前認定のごとき本件宅地売買契約書の条項に「売渡物件の抵当権設定等一切の抹消手続き」という文言が記載されるに至つた経緯を併せ考えれば問題の予告登記が前認定の「所有権を取得するのに障害となる登記」に該当することは一層明らかであるといわねばならない。

したがつて控訴人谷兼雄が、被控訴人に対し支払うべき二回目の内金一、二四五、〇〇〇円を支払期日である昭和三四年一一月五日に支払わなかつたことは前認定のとおりであるが、同日までに本件四番宅地につき所有権を取得するのに障害となる登記である前記予告登記が抹消されなかつた以上同控訴人が右履行期を徒過しても履行遅滞の責に任じなければならないわけではなく、したがつて同控訴人の履行遅滞を理由とした被控訴人主張の前記催告並びに停止条件附契約解除の意思表示はその本来の効力を生じなかつたといわねばならない。

被控訴代理人は「契約解除の有無に関せず、本件四番宅地の所有権移転登記は代金の支払があるものと誤信して登記したのにその支払がなかつたので結局錯誤による登記であり、原状回復の趣旨で控訴人大塚は抹消登記をする義務がある」旨主張するが、既に認定した本件四番宅地の所有権移転登記がなされた経緯に徴し、右登記が登記義務者である被控訴人の錯誤によるものとは認めがたいから右主張も採用できない。

以上の次第で、被控訴人の控訴人大塚に対する本件四番宅地の所有権移転登記の抹消を求める本訴請求は失当である。もつとも控訴人等は被控訴人に対し反訴を以つて、別個の解除原因に基き本件契約を解除し、原状回復として右登記の抹消を求めているのであるが、右解除権の行使により双方に原状回復の権利、義務が生じた場合でも、控訴人等に債務不履行の責任がないため被控訴人に解除権が発生じない以上被控訴人の本訴請求は理由なきに帰し棄却を免れない。(大審院明治四一年(オ)四〇二号、同四一年一二月二三日判決参照)したがつて又被控訴人が右契約解除による所有権の復帰に基いて本件宅地所有権の確認を求める請求もまた理由がないといわねばならない。

第二、反訴についての判断

控訴人谷兼雄が昭和三四年一〇月三一日被控訴人より本件宅地を代金三、〇九〇、〇〇〇円で買受け、同日手附として内金三〇〇、〇〇〇円を支払つたこと、その際「不履行により契約が解除された場合、不履行者が違約金三〇〇、〇〇〇円を支払う」旨の約定があつたこと、同年一一月四日双方合意の上本件四番宅地につき被控訴人より控訴人大塚冬気雄に対し所有権移転登記がなされたこと、当時右宅地につき前記予告登記がなされていたことは何れも当事者間に争いなく、右契約締結の際被控訴人は控訴人谷に対し本件宅地の所有権を取得するのに障害となる一切の登記を同年一一月五日までに抹消する旨約したこと、右予告登記が所有権を取得するのに障害となる登記に該当することは既に認定したとおりである。そうすると、被控訴人は本件宅地の売主として買主である控訴人谷に対し右予告登記の抹消のために必要な措置をとる債務を負担したものというべきであり、しかも前認定のごとく被控訴人は右予告登記の存在を少くとも履行期前である同年一一月四日に知り二、三日中に何とかすることを控訴人谷の代理人訴外菊地末吉に約したにもかかわらず、漫然右日時を徒過し抹消のために必要な何等の措置をもとらなかつたことが弁論の全趣旨から明らかであるから被控訴人は、この点で少くとも同年一一月七、八日の経過と共に履行遅滞に陥つたといわねばならない。

被控訴人は、予告登記は当該訴訟が終了し裁判所の嘱託により初めて抹消されるもので、右訴訟の当事者でなかつた被控訴人として右予告登記の抹消をすることは不能というべきで、約定の日までにその履行ができなかつたとしてもそれは債務者である被控訴人の責に帰すべき事由によるものとはいえないというのであるが、予告登記の性質が所論のごときものであつても、不動産の売主が買主に対し、その不動産につき記入されている予告登記の抹消を約することは必ずしも売主として不能な事を約したということはできず、被控訴人としては右予告登記の存在を知つた昭和三一年一一月四日以後速かに当該訴訟の内容経過を調査し、右訴訟を終了に至らせるよう努力し、その結果を控訴人谷に報告し、場合によつては履行期の延期を求めるべきであつて、(被控訴人提出援用にかゝる証拠によるも、被控訴人がかゝる挙に出たことは認められない)、被控訴人において漫然右履行期を徒過した以上、他に特段の事情が認められない限り履行遅滞が債務者の責に帰すべき事由によるものではないということはできない。

而して控訴人谷が被控訴人に対し同年一二月二八日内容証明郵便を以つて右予告登記抹消義務の速かな履行を求めたことは当事者間に争いなく、同控訴人が同三五年三月一六日被控訴代理人加藤定蔵に送達された本件反訴状において被控訴人に対し、右債務不履行に基いて本件宅地売買契約全部を解除する旨の意思表示をしたことは記録上明らかである。そうだとすると、控訴人谷の右解除の意思表示は履行催告の時から二ケ月半余を経てなされたものであるから相当の催告期間を置いてなされたものとして適法であり、これにより本件売買契約は失効したものと判定するのが相当である。(尚成立に争いない乙第一号証中違約金約定の文言同乙第三号証及び原審における証人菊地末吉の証言、当審における控訴人大塚冬気雄本人尋問の結果によれば本件三番宅地及び四番宅地は互に接続する土地で不可分一体の関係で売買契約が締結されたものであることが認められるから、本件四番宅地に生じた契約解除原因は本件宅地売買契約全部の解除原因となるといわねばならない)したがつて控訴人谷が被控訴人に対し契約解除に基く原状回復義務の履行として内入代金三〇〇、〇〇〇円及び約定に基き違約金三〇〇、〇〇〇円、合計六〇〇、〇〇〇円の支払を求める反訴請求は正当であるから之を認容する。

次に控訴人大塚の被控訴人に対する本件四番宅地の所有権移転登記の抹消を求める反訴請求につき審案すると、登記簿上の表示と実質的な物権の所在とが一致しない場合には、真正の権利者が登記名義人に対しその登記の抹消登記を請求することができることはいうまでもないが、反対に、権利がないのに登記名義人となつている者も、当該不動産の所有者として公租公課を負担せしめられるおそれがあるから、この不利益を免れるため、真正の権利者に対し、かような実質的権利関係と一致しない登記の抹消登記を求めることができるといわねばならない。而して前認定のごとく本件宅地売買契約が解除されその所有権が被控訴人に復帰した以上、控訴人大塚は本件四番宅地の所有権者でないのに登記名義人として、公租公課を負担させられるおそれがあるといえるから、右抹消登記を求める反訴請求も亦正当であり之を認容する。

よつて以上の判断と相反する原判決は不当であるから之を取消し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九六条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 林善助 石橋浩二 佐竹新也)

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